2021年1月27日水曜日

やってみる

 ものづくりを仕事にしていると、手間や失敗を避けたい気持ちが強くなり、いつの間にか「挑戦」をしない体質になってしまう。

ということで、加熱する薪ストーブを囲うための擁壁を作る。

反対側は数年前にコンクリートブロック積みをしたので、「今回は型枠作って鉄筋コンクリート造にしよう!」って。

みんな、嫌だ嫌だ、大変だ大変だ、と言っていたが、いつの間にか諦めたようで前向きにいろいろ調べてくれて。

鉄骨の組み方、曲げる方法。型枠の作り方、コンクリートの資材の量、配合。

木目の浮き出るコンクリにしたいって閃いて、構造用合板にうづくりもかけて。

ホームセンターで買い物をして。たったこれだけで、700キロ以上のコンクリート資材。


コンクリート打設は、もちろん手捏ね。

ほぼ全員仕事を止めて、皆でコンクリート、泥遊びみたい。

すごい労力、でも。何だかお祭りみたいで、楽しい。


思ったよりも相当に時間と労力がかかったけど。

こういうイレギュラーな事にみんなで楽しみながら取り組める風土の会社がいい。

















2021年1月11日月曜日

2021年 始動

 2021年が始まった。




2020年は、やはりコロナの一年だった。

受注が低調ではあるが、もっと悪い予測もしていた。

しかし、工場長の粟村くんの退職、独立とそれに伴なって工場長の交代。

そして重要な転換点になると思っている原田くんの参加によるインテリデザイン業務の本格始動。

そのような変革の時期だから、少し落ち着いてちょうど良かったのかも。


2021年は、変革の2020の出来事をしっかりと機能させていく。

傳里(でんり)工場長体制を確かなものとしていく。

工場長が生産管理をするのはもちろんだが、取引先や仕入れ先と打ち合わせや納期の調整のほか、見積もりと金額調整、受注の判断まで渉外交渉も担当する。

10数名以下程度の多くの注文家具屋では経営者がその業務を担当する事が多いため、家具屋としての渉外のノウハウを工場で経験を積んだ人間が蓄積できない。

より多くの人と関わって、より多くの判断と決定をしていく事は容易なことではないが、しっかりと支えて行きたい。


そして東京事務所。

独立した粟村 勇太の新会社、株式会社セドに窓口業務を委託。

彼の人柄と実力からすれば遅かれ早かれ軌道に乗せると思うが、できる限りの後押しをしてCEDO → gauzy calm worksというラインを早急に評価してもらいたい。設計事務所案件など面白い製作の受注を続けて、いつか設計者たちの間で、「とりあえずセドの粟村に相談だ」って噂が立てば良い。もちろん、その時に製作を任せてもらえるように甘えることなく確かな製作をしていかねければ。


もう一つ。

インテリアデザイン業務。

内装設計、監理の実務経験を持つ原田くんの加入によって本格的に取り組みを進めていける。

彼がより活躍できる環境を構築して受注を進めていきたいとの矢先に、立て続けにインテリアの相談が。良いタイミング、幸運も持っている。

原田くんの加入後の半年間の仕事ぶり、取り組み方。その姿はものを言わずとも圧倒的な信頼感を出す。

旭川に来て学び、僕と同じ会社に勤めた同門。数年前に旭川を離れるときは痛ましい思いだったが、それで良かったのかもしれない。

原田の今後の飛躍に、gcwも乗せてもらって飛び立ちたい。

まずは今年、いくつかの案件を実現させたい。


他にも。

技能五輪を意識した製品開発を山口くんが進めている。

ちょっと、すごいものになる予感も。発表の舞台やプロモーションを考えることも楽しい。


もちろん日々の製作を支える工場も。

皆の確かな成長を促して、各々のしたいことも後押ししたい。


創業して10年が経ち、さらなる成長の種も仕込んである。

2021年、コロナ不安は尽きないが、大きな年になる予感です。





2020年3月12日木曜日

10周年

10周年。
2020年3月10日。
gauzy calm worksは10周年を迎えました。
多くの方々に支えられてここまで来ました。
仕入れ先には、端材1本でも売ってもうような、そんな小さなお付き合いでも辛抱して頂きました。
皆さま、本当にありがとうございます。
2010年3月10日。
bacanaと工場をシェアするという形態で、作ることしか経験のなかった29歳の職人が独りで始めた小さなブランド。
オリジナルブランドの推進に全力を挙げ、初の個展を2014年2月に茅ヶ崎で開催、3月に札幌ステラプレイスで二週間のリミテッドショップを出店。
ところがこれをピークに自社ブランドは抑え、取引先のブランドの製作を一気に拡大。
毎年仲間を増やしながら住宅系から保育園などの施設系、ホテル系、店舗系まで何でも受注。
現在、工場では何件もの案件の製作が同時に進み、パートタイムの女性たちも含めて10数人が活気よく製作に励む。広かった工場はいつの間にか手狭になり、売上は実に創業時の15倍にも。
しかし、急成長するクリエイティブ業種の若い会社に暗黒面はつきもの。もちろんgcwも。
それでも、週に2回のノー残業、毎月第一水曜午前中に体育館を貸し切ってのスポーツも死守。
終業後に一杯飲みながら事務所のプロジェクターで映画を見たりプレステしたり、仲の良い笑顔の多い職場。
やる時はやるし余裕のある時は昼間でも遊んでしまう。訓練校の卒業制作展なども、工場を閉めて皆んなで見に行ってしまう。
普通の会社ではないけれど、気持ちのアップダウンやその場の勢い、様々なイレギュラーを受け入れて楽しんでしまう。ものづくりの現場に遊び心は絶対に必要。
しかし業務時間外でも常に自己の向上のために学ぶこと、チームプレイに貢献するような言動を求め、規律を重視。
ミス発生の際には全員で原因を検証し、再発の予防に努めつつもミスした一人を責めず、全員の問題として共有し、皆で乗り越える雰囲気に。
それぞれ何かしら輝く長所を持った魅力的なメンバーが集まり、自由闊達な雰囲気の会社になった。
そして、まずは次の10年。
もはや製作の打ち合わせや資材の発注はもちろん、見積もりから金額の交渉、受注の決定まで工場の全権を担う工場長の粟村が夏に東京で独立。
工場は持たずに特注家具の製作管理と現場管理を行う会社を立ち上げる。
gcwの東京の窓口ともなってもらい、重要な取引先となる。
gcwにとって短期的には重大な損失だが、無限の可能性をもたらしてくれる。
残るメンバーは職人のなんと半数は技能五輪のメダル保持者と実力も十分。
昨年オープンさせたショールームをいよいよ本格的に運用し、停滞していたgcwブランドの推進も加速させたい。
ワークショップなどのアクティビティの企画も継続して開催し、一般社会とのコミュニケーションも展開してく。
新たな方向性の製品開発も行い、家具製造業の背景を持った新たなビジネスへの挑戦も意識する。
自分たちを、製造現場を、工場の皆のものづくりを楽しむ心を何よりも大事に、次の10年も立ち止まらず進んで行こうと思います。

2019年10月3日木曜日

技能五輪国際大会(ロシア) 9位敢闘賞

技能五輪国際大会は8月23日から26日まで競技が行われ、gauzy calm worksの山口くんは30カ国中、9位敢闘賞を受賞しました。

あれから、あっという間に1ヶ月。
僕もロシアまで応援に。

大会の1ヶ月前頃からはいよいよ訓練も大詰めになり、各所へ表敬訪問に回ったり。
国際大会出場が決まった瞬間に懸念した家具組合主催の壮行会も無事に開催された。
壮行会は、ホテルの式場で恒例の「ロッキー」のテーマ曲での入場とパフォーマンス、そしてスピーチと苦手尽くし。

ロシアへの応援団は、匠工芸の桑原長老、ワカサの若狭さん、工芸センターの小関さん、建具職種の指導者の帯広学院の山下先生と。
旅路は長く過酷だったけども、皆さんとの旅はとても楽しくて、僕にとっても一生の思い出になりそう。

もう高齢で足も痛ましい桑原さんは、常に僕のリュックの持ち手を掴んで、僕は杖となって長い時間を一緒に。

山口くんの競技は、それはもう素晴らしいパフォーマンス。
身のこなしも表情も、同じ技術者としても惚れ惚れするほど。

毎日の報告をFACEBOOKにあげるために、僕は連日執筆を。
だから僕の撮影も、「記録」というよりは「雄姿」を捉えたいという観点で。

競技4日目の最終日、完成に間に合うかどうかという猛烈な緊張感の中、ぶっ飛ばすようなスピード感と精度でチョウバンの彫り込み加工と吊り込みを終え、引き出しの仕込みも終えて。
最後の20分程度はもう完成状態での研磨、仕上げ作業。
もう限界だろうというような勢いでの作業だが、勝利の時間に思えた。

競技終了が近づくと観客も大勢集まって、あちこちで国旗が振られたり合唱が起こったりと騒然に。
そしていよいよ終了の号令がなった瞬間、山口くんは一瞬顔を覆ってからガッツポーズを、その晴れ晴れとした表情に彼はやり遂げたのだと思った。

肩を組む山口くんと佐々木先生、そして完成した作品に光が差して輝いているように見えたのは本当。

そしてその光が、18年前の僕の技能五輪、完成させることが出来なかった僕の技能五輪へのトラウマを、霧散させていくのを感じた。

僕は涙が止まらなくて、とても感動的な時間だった。

だから翌日の閉会式で、9位敢闘賞は素晴らしい結果なんだけどメダルに届かなかったことはショックで、あのメダルを授与される華々しい壇上に山口くんをあげてあげたくて、とにかく悔しくて悲しくてホテルの部屋に戻ってから一人で随分泣いた。
FBに報告をあげないと日本で応援してくれている皆に申し訳ないと文章を考えると、競技終了の瞬間を頭に描いてまた泣けて、結局2時間程度しか眠れなかった。

競技の事などは、FBをご参照ください。

https://www.facebook.com/gauzycalmworks/


ロシアからの帰路は、各国の選手団に先に飛行機を取られて、応援団の僕らが2日ほど遅れた日程に。
その時に観光も。

帰りは、さあ帰ろうとホテルを出てから旭川空港まで27時間。
僕はすでに喉を痛めていたし、もう本当にクタクタになってしまった。

その後体調がイマイチ優れず、1ヶ月間ほど不調だったがようやく回復してきたのかなというところ。

復活して、力強く進んでいかなくては。























































2019年5月9日木曜日

技能五輪2連覇 山口智大 入社



一昨年と昨年の技能五輪全国大会で、大会初の2連覇を果たしたものつくり大の山口くんが卒業し、gauzy calm worksの仲間に加わった。

そして今年8月にロシアで開催の国際大会に、日本王者として出場する。


間違いなく優秀、業界の宝を預かった。


彼は、大学3年で進路を検討して企業訪問を繰り返し、4年生の5月に自主的なインターンとして1ヶ月旭川に滞在し、工場に来ていた。
その期間中には、旭川木工キャンプ、家具組合の植樹際などイベントのイベントにも参加していた。
このあたりの就職も見据えた動きも早かった。

8月頃にはgcwに加入したい旨を伝えてくれていた。

そして11月の沖縄での全国大会で、ディフェンディングチャンピオンとして臨んで見事2連覇。本人の念願の国際大会、ロシア行きの切符を手に入れた。

さあ、そしてそれからはこちらも大変。
gcwから国際大会に選手を出すことになるため、多くの関係機関、多くの方々に協力をお願いして。

相当な負担を強いられることになるのは、何と言っても我が工場。
まずわかりやすいのは、選手は競技会まで訓練を重ねるが、それはつまり会社の売り上げを作る生産活動をほとんど行わないということ。
およそ半年間、あまり「仕事」をしないメンバーの給料分を負担しなければならない。

慢性的な時間外労働をしている中で、とにかく頭数が欲しい工場のメンバー。

謝って、お願いをする。
大きな負担をさせて申し訳ないが、挑戦させてあげさせて欲しい。

選手は注目され、華やかに見えるもの。

僕がかつて選手だった時。
職務を離れて訓練を重ねていた時、応援してくれて対外的に調子の良い社長、会社に戻れば工場長に丸投げで、競技会への取り組みを面白く思っていないことがはっきりとわかる工場長。理不尽な出来事の連発、苦しい日々、競技本番の頃にはすっかり疲弊しきっていた心身、わかりきった結果、挫折感。
そんな思いをさせるわけにはいかない。

しかし山口くん。
まだ2連覇前の1ヶ月間のインターンの時から彼の人柄は皆に受け入れられていた。
皆で支えて、精一杯競技に集中させてあげようという雰囲気になっている。

さすが負けん気は強いが、真面目で驕らず、心配りもできて愛嬌もある人柄。
このようなところも実力か。

会社、工場のメンバーたち、皆の支えがって挑戦できることを山口くんにはしっかり伝え、だからと言って気負うことも遠慮することもなく、そう言ったことも全部しっかりと受け止めて堂々と真っ直ぐに取り組んで欲しい。


さて、3月1日から旭川に来るも13日には卒業式と海外での技能交流会に参加で月末まで離旭。
4月1日に正式に入社するも、早くも8日から15日までオーストラリアで開催の国際大会のプレ大会に出場のため出国。
帰旭後は、訓練を受け入れていただいた旭川市工芸センターさんに訓練ブースの構築、そして22日からは他の種目の日本選手うあエキスパート、関係者を集めた派遣前研修で船橋に。

そうこうしているうちに、あっという間にゴールデンウィークに突入。
gcwは例年通り巨大連休。
山口くんは落ち着かないから練習をしたいというも、特にオーストラリアからの過酷なスケジュールで休日もなく過ごしていたので、カレンダーが黒字で書いてあるところは練習しても良いが、赤字のところはできるだけ休みなさいと伝えて。

選手は、休むことを後ろめたく感じてしまう。
とりあえず練習の場に独りで出てくるけど、なんだかモチベーションも上がらずに良い時間にならないことを僕は知っている。

今大会は過去にないほどの規模で訓練費用の補助をいただける。
この点は本当にありがたい(補助金なので、すべて終わった後に支給されるため、補填は9月か10月見込み。それまで繋ぐために銀行から借り入れは実行する)。

しかし、やはり会議で上京したり、訓練に立ちあったり、書類の作成や資料に目を通したり、様々な検討に頭をめぐらせたりで膨大な時間を投入する。
零細製造業の経営者が、本業に注ぐエネルギーを減らさざるをえない事ほどリスクの大きなことはない。

会社を守り、皆の気持ちをまとめて、選手の環境を整える。

やり甲斐があるなぁ。