昨日は、技能五輪国際大会の壮行会だった。
加藤木工の高橋くん。これからイギリスで開催される競技会に出場するのだ。
ロワジールホテルで、家具関係者や行政の方々などが出席し、盛大に行われた。
僕も、過去の出場者ということで、応援エールのスピーチを。大変な緊張のなかで、うまく話せたかは記憶にない。
国際大会は2年に1度で、全国大会の優勝者が出場する。過去連続2大会も旭川から選手を送りだしていて、産地旭川の技術力の高さを表している。
僕が出場させてもらったのは、もう10年前、2001年だ。大会期間中にテロがあり大変だった。
僕の成績は散々だった。
本当に、全力で努力した。二十歳のころの自分の全てを捧げた。
それまでの人生で、みんなでよーいドンで何かして、一番最後の方なんてことは経験したこともなかった。
僕の種目の選手は確か18名で、一番から順番に、最後まで番号を振られる。
残酷に、正当な評価が下されたのだ。
理不尽なことは沢山あった。
65キロあった体重は、競技会の時には55キロを若干下回った。
それにしても圧倒的な自分の力不足。
挫折。というものを実感した。まさに打ち砕かれた。
僕の古巣、インテリアナス。
出発まえ、自分のフラッグに会社のネームを入れたら、社長に、会社の宣伝のために行かすんじゃねえんだ、消せと怒鳴られた。
結果が出てすぐ電話で報告したら、お前が本気で取り組んでいたのはわかっているから、とにかく元気で帰ってこいと言ってくれた。
続いて恩師に報告したら、指導が不十分で申し訳なかったと謝られた。
むしろ、なにやってんだと罵られた方が楽だったかもしれない。
本当に感謝している。
いまでも、たまに思い出すんだ。
10年前の、あの悔しさ、苦しさ。
自分の腕を証明するためにも、自分で技能五輪の事を謳うのだが、実はその言葉を聞くとトラウマのように苦々しさも感じてしまう。
加藤木工の高橋君には、僕の無念も晴らしてきてほしいと願う。
がんばれ。
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