2014年2月14日金曜日

初の個展 終了

僕の初の個展が終了した。

会期中、沢山の方々にお越し頂きました。
改めてありがとうございました。

































本当に、長い時間が経って。
家具製造の現場は、のんびり好きな木工を、なんていう状況ではなく。

不毛な消耗戦が延々と続くかのような、常にタイムトライアルをしているかのような。

その凄惨な現場で、各社に散らばる仲間たちもその指もどんどん減り続けて。


そんな中でもなんとかこの仕事に残って、独立後も事業の存続を最優先になんとか生き延びて、製品を少しづつ作り溜て。
そうしてやっと、展示会を独自開催できるようになって。

「凱旋」と銘打ってはいるが、勝利の気分は全くない。

この展示会にかける経費は僕にとっては命取りなほど。
だけども僕が次のステップに行くため、人生の中で切り離した茅ヶ崎と旭川を繋げなくてはいけなかった。
家具屋としての僕は旭川に来てからの半生でしかなかったが、茅ヶ崎で僕の仕事を発表する事で過去とも繋がり、僕の人生のキャリアは全て家具屋となったのだ。






九日間の展示会期間中、来場者はのべ630人以上。
最初の土日で300名を超えたが、最後の週末は40年に一度だかの大雪で来場者はほぼゼロ。

だけども美しい雪景色を見ることが出来た幸運でもある。





2014年2月7日金曜日

タウンニュース

今日発行のタウンニュース茅ヶ崎版で、記事として大きく取り上げて頂きました。




展示会もあと3日です。

ご来場をお待ちしております。



また、11日は茅ヶ崎に滞在していますので、打ち合わせなどさせて頂く時間があります。
ぜひお問い合わせください。

2014年2月4日火曜日

展示会 開催中

展示会 開催中です。
とても嬉しい事に、沢山の方々にご来場をいただいています。
  




そして沢山のお花もいただいて、展示会場を華やかに彩っています。
中学校の恩師が、なんと早期退職されて花農家として開業されていて、先生にも沢山の花を頂きました。

友人、知人、恩師、そして以前家具を買っていただいたお客さままで、本当に多くの方々のご来場があり、応援を頂きました。


展示会は9日まで開催します。

初めの土曜日、日曜日は驚くほど沢山の来場があり、困惑してしまうほどでした。
お時間が合えば、平日の方がゆっくりとご覧になれると思います。


本日は天気が優れず肌寒いですが、ぜひ展示会にお越しください。






2014年1月31日金曜日

出発

いよいよ明日から展示会に出発する。



会期中はずっと茅ヶ崎にいます。
工場には誰かいるので、ご用の方は今まで通りにご連絡ください。
ただ、電話の音は機械の音で良く聞こえません。辛抱強くベルを鳴らしてください。

メールも受信できる状態にはありますが、返信などは遅くなってしまうかもしれません。






展示会には新作も数点発表します。
お楽しみに、ぜひ会場まで足をお運び下さい。






2014年1月28日火曜日

あれから

ある日、家に帰ると。
遠くに住む祖父がいて。

「あれ、来てたんだ。」
ふと気づくと、奥に母方の祖母が。

違和感。父方の祖父と母方の祖母が一緒に、何か変だな。

そうか、なにも知らんのか、、。

と、祖父、押し黙った雰囲気。
はしゃいだ妹のエレクトーンが痛々しい。

もう何も聞けない雰囲気に狼狽えながら部屋を出ると、普段男らしさを追求しているかの様で、常に涙を拒絶していた次兄が目を拭っていて。


尋常じゃない事態の予感。誰か、どうかしたのか。ここに居ない誰か、、、。
自宅で何を待っている?緊急性はないの??



しばらくの後、母と長兄が。
大きな箱と数人の黒服と共に、玄関に。


ああ、そうか、そうなのか。
涙が、涙だけが。もう、全てが涙で。



20年前の3月。僕は13歳だった。



父の遺書は、その時に見ただけだ。よく覚えていない。
命日もちゃんと覚えていない。
日記などに目を通した事は一度も無い。
理由もよく知らない。

ただ、僕は職業だと思った。
父が自分の職業を心から楽しんでいるようには思えなかった。
むしろ、苦しんでいたように感じていたから。



当然ながら、彼の死は残った家族に大きなインパクトを与えた。
価値観の大崩落が起こった。

でもそれは僕にとって解放でもあった。自分の人生を自分の手にしたようでもあった。

僕は、国公立の4年制以上の大学に行くと定められていたと感じていた。
お勉強はそれなりに好きで得意だったけど。成績の為の勉強は終わりがなくて苦しかった。
学校の毎朝が苦しくて、でも美術の授業の日の朝だけはワクワクして目覚めて。

毎日が、美術の授業の日の朝のようにしたい、そんな仕事をしたい。そうじゃないと僕も生きていけない。


14歳になったころには、ものづくりの仕事に就きたいと思っていた。
茅ヶ崎の山の中で育った事もあって、木を素材としたものづくりを。

まずは木工全般を学ぶために旭川に。

でもそれは、茅ヶ崎を脱出したかったからでもあって。
父の死後、家族は精神的結束が完全に失われて。
永遠に喪に服すかのようで、いつも心が雲で覆われているかのようで。

暗く苦しかった茅ヶ崎での最後の5年間、中学と高校の時代、もちろん楽しい思い出も一杯だけど。


ほんの数年の間だけ旭川にいて、また茅ヶ崎に帰ろうと思っていた。
家具屋として最短距離を走って独立して、故郷に錦を飾りたいと思っていた。


思えば、何の後悔も無い。
ずっとその時その時で最善を尽くしてきた。

旭川に来た事、家具屋になろうと決心したこと。
東川のメーカーで経験を積ませてもらった事、技能五輪の国際大会で負けた事、23歳で結婚したこと。
埼玉の家具屋に修行に行こうと思った事、慰留してもらった事。
勤めていた会社を承継したいと決心して全力で仕事に向き合った事。
双子が生まれて、会社を辞めたこと。
転職を本気で検討した事、だけど家具屋に戻ろうと思った事、旭川で独立した事、工場シェアしたこと、そして統合した事。

全て必要な事だった。

そしていつの間にか家族の心も戻り、僕が茅ヶ崎に帰れば時間を無理にでも取って集まってくれる。

そんな経験を積んで、僕は強い自信を持つ事ができる。
完全に自己肯定できる自分のきっかけは、家具屋という職業を手に入れる事ができたのは、父の死があったから。


悲しい事は、経験したくないけれど。
今でも、仕事中や運転中に涙が出る事もあるけれど。
忘れる事も乗り越える事もないまま受け止めて。それも含めて僕が存在しているのだから。



命がけで仕事をする前に、もう一つ命を費やしている。



あれから20年、旭川に渡って15年、大きな節目。

故郷での初の個展は、僕にとっては大きな意味があるのだ。




2014年1月27日月曜日

撮影

いよいよ今週末から個展。
それに向けて、昨年からブランディングを進めていて。

ロゴの刷新やホームページのリニューアルも。

それに、コンセプトブックも製作することにしていて。
デザイナーにお願いして、カメラマンやコピーライターの方にもお願いして。


その撮影場所に、ずっと昔から僕を応援して頂いている方のご自宅をお借りして。
ずっとお世話になってきたけれど、ここ一番でもお世話になれたことが、なんだかとても嬉しい。
恩返しは、相変わらず一生懸命家具作りをする以外思い当たらないのだけど。







素晴らしいロケーション。
厳しい自然の中、こんなに美しい景色の中にご自宅があるなんて。




デザイナーとフォトグラファー。
カッコいいなぁ。

制作完了が楽しみだ。












そして通常業務。
自分での撮影。スタジオにしている隣の倉庫は、火の気がまるで無いので。

大家さんに借りたジェットヒーター。
値上がり中の灯油を、ガブガブ飲み込む。






寒い、寒い。
カメラも、いいやつ欲しくなるな。

2014年1月23日木曜日

北海道新聞

北海道新聞の旭川、上川欄に掲載していただきました。



いつかは故郷に錦を飾りたいと思い旭川に来て15年も経ってしまったけれど。

いよいよその時を、北海道では断然の有力紙である北海道新聞に記事にしていただき、華々しく後押しをして頂いた。
そして記事を見たよと同業や資材屋さんからも沢山の応援を頂いた。

お祝い、といってもう引退した勤め時代の工場長も激励に来てくれて。
いちおう円満に退社させて頂いたとはいえ、元の会社とはどうもうまく関係を築けていない事をとても寂しく思っているが。
本当に一生懸命本気で仕事していた時の工場長に後押ししてもらって、その後の作業中になんだか涙が浮かんで。


本当に素晴らしい記事を書いて頂き、沢山の方に応援していただいた。

さあ、がんばって行ってこよう。