2016年6月2日木曜日

工場長  原弘治 退職

5月31日をもって工場長の原 弘治が退職いたしました。

新しい事に挑戦したいとの事で、発展的に関係の解消です。

半農半工的な、オーガニックな生き方を模索していくという事で、gauzy calm worksとしても応援していきたいと思っています。

収入源として、パートタイムの準メンバーとして職場を提供して応援していきます。

また、彼の今後の活動もgauzy calm worksと連動させてもらい、相乗効果も期待しています。

「会社」という枠の中で、「家具製造」に縛られてしまうことはクリエイティブではないとも思っているので、新しい働き方を発信することにもなるのではと思います。

創業時の工場シェア時代から、一緒になり、法人化とここまで多くの方々に応援と励まし、また時にはご心配をお掛けしながらここまで来ましたが、また新たなステージに進む事となりました。

しかし、関係は破綻することなく今後も歩みを共にし、むしろ面白いことが起こり大きな飛躍に繋がるのではないかと楽しみでもあります。

さしあたって平日の昼間は今まで通りに工場に来ますが、彼はgauzy calm worksの中枢からは外れる事となります。


そして、
「粟村 勇太が工場長に就任」します。

まだ入社2年目の彼ですが、驚異的なスピードで実力をつけました。
仕事に対する姿勢は素晴らしく、ものづくりへの情熱が溢れています。作業している後ろ姿から、気合いと、楽しんでいる様子を発散させています。
さらに素晴らしい点はその人柄で、気遣いや心配りがきめ細やかで、上下に対して強いコミュニケーション能力を発揮します。
しっかりと意見を述べる図太さも頼もしいところです。
ゴミ捨てや冬の火起こしなどの雑務も率先して継続して行える精神も持ち合わせています。
正直なところ、実務経験はまだまだなところもありますが、リーダーとして得難い特質を持っています。


さて、ちょうど5月はgauzy calm worksの初めての決算月です。
6月から新しい2年目の事業年度を迎え、新体制でさらなる飛躍に繋げたいと思います。

皆さま、どうぞよろしくお願いいたします!



2016年5月25日水曜日

植樹

なんと、最後の更新が3月なんて。

猛烈に忙しかった年度末まで、精一杯頑張って。
そしてゴールデンウィークでまさかの10連休を。

創業以来、というより職業人生で最長なのではと思うほどの休暇を。
ある意味命がけで。

その後も家具組合の植樹に、退職以来ぶりに参加したり。
今年8回目の木工キャンプがあったり。


とにかく忙しく順調に日々を過ごしております。






2016年3月25日金曜日

年度末は大忙し

年度末は、業界の最繁忙期。

製作の依頼が殺到し、製作しては梱包、出荷の連続。




















勤め時代の大先輩も。
春から農業のお仕事なので、今度はまた11月ころから家具職人に。





2016年3月16日水曜日

ものづくり王国

昨年10月、カンディハウスの長原さんが亡くなった。


大変な影響を受け、祖父のように慕っていたので残念で悲しい。


最後に声を聞いたのは、その一ヶ月程前に会合に欠席すると電話を頂いたときか、、、。



学生の時、授業の中でクラスに来て頂いてお話しして頂いた。
確か一年生の時だから、1999年だと思う。

ユーモアを交えた楽しい話、家具作りへの愛情を感じ、その人柄も、とても魅力的で大ファンに。


99年から2001年ころまで、旭川の家具業界には大変な倒産の嵐が吹き荒れていた。
その後の資料の中で、100社以上消えてしまったとの記載を記憶している。

故郷を離れて旭川に降り立ち、乗ったタクシーの運転手が初めて旭川で会話をした人だが、

「旭川の家具はもうだめだ、故郷に帰った方がいい」

夢を持って神奈川から北海道に来た18歳の若者に、自然とこのような素敵な助言が出てしまう程に悪い状況。

2年生になって多くの会社訪問をし、多くの訪問先で経営者の方がお話をしていただいたが、明るい話、夢のあるワクワクするような話をする方はほとんどいなかった。

「夢なんか見てるようなヤツが来てもらっては困る」

なんて言われて、若いヤツに夢も見せられないような会社は滅びればいいと思ったものだが。

そんな中でも、長原さんは夢のある、デザインや未来の話を。

卒業作品展では、僕の作った椅子に長く座って話をして頂いた。
籐をどこで入手したのかという問いに答えたとき

「まだ私に知らない事があったか」

というつぶやきが何ともカッコ良かった。


その後も技能五輪に関しての事もあって、お会いする事も多かった。
就職一年目頃に、東京に行く飛行機が一緒で、隣の席が空いていたので横に座らせていただいてずっと話を聞かせて頂いた事は思い出深い。

「企業力はデザイン力」
「経営感覚のある職人」
「マシーンワークとハンドワーク」
「メーカーとして工業製品を」

は全て長原さんの言葉。僕の指針。


独立後も、家具センターに少しずつ製品を展示していったが、イベントの毎にブースに寄って頂いてはアドバイスやお説教を。

Dal Cuoreという椅子は、長原さんに喜んでもらえるような椅子になりそうだとの思いで、クライアントのご要望に応えてデザインした。

一次試作を作った頃に、長原さんが海外のお客さんとうちの工場に来たのだが、試作を見つけた時に目の色が変わったのを感じたことを覚えている。

その後は何度か、まんじゅうなど手みやげを持って
「あの椅子どうなった」
と工場まで来て頂いたり、僕の方からカンディハウスまで図面と試作を持って伺ったり。

一昨年の正月には、ご自宅に招いて頂いて奥さまの料理を御馳走になったり。

家具組合の部会に入ってからは毎月の会合で顔を合わせて。
部会では幹事をしていたので、会費の集金や支払いや給仕で落ち着かずに、あまりお話し出来なかった事が残念。もう少しで幹事の当番が交代だったのに、、、。


部会の新年会は温泉に泊まり込み、その時に麻雀部屋にもお邪魔して。
麻雀に熱中している姿や、いつかのお土産でどら焼きを持っていったら、どらやきが大好物なんだと大喜びして頂いたりとか、人間味溢れていて。



新聞では、
「旭川をものづくり王国に」
という言葉を残したとか。



たしか2008年度、それまで長原さんが若手向けに勉強会を開いたりしていたが、それを承継したのかしていないのか、旭川市で「グローバル人材育成セミナー」というセミナーがあって、当時勤めていた会社から参加させて頂いた。
東京への研修もあった10数回のセミナーだったと思うが、その最後が業界トップの方々を集めた発表会だった。

テーマは自由だったが、僕の発表のタイトルは

「旭川をものづくりの楽園に」

その内容は、ものづくりをしたい人たちが勝手に集まってくるような地域、産業にしよう、世界中からも人が集まれば、旭川に居ながらにてグローバル化だという事。
旭川なら楽しくものづくりができると思えば、夢を持った若者達が世界中から集まって、そうすれば地元でも家具産業を誇りに思うようになって。人が集まれば熱いエネルギーとアイディアが蓄積して、まさに勝手に良い製品や面白い製品、あらたなビジネスモデルがリリースされて、それは結果として必ず商業的にも反映するはず。

その中で
・若い現場の職人のネットワーク(かつてあったという松倉塾への憧れがあったので)を作ってものづくりの思想の共有を
・市立造形学校
・デザインミュージアム
・小中学校からのデザイン教育

という長い目で見た人的開発、しかもそのスキルではなく理念的な内面の開発を訴えた。


講評で長原さんには
「君は無いものねだりだなぁ」
と言われたが、今思えば、業界と産地育成という観点で近いお考えだったのだなと、なんだか嬉しい。


喪失感はあるが、しっかりと受け止めて未来に繋げたい。













2016年3月14日月曜日

6周年

3月10日、創業6周年を迎えました。

gauzy calm worksは7年目に入りました。

今月、富山の専門学校を卒業する新人も仲間に加わります。
それで正規製作職が木村を入れて5名、女性パート1名、大ベテランのパートが1名、事務で1名の8名の所帯となります。
業者取引強化中で黒子的な製作が増えていますが、自社企画も進めていきます。
お陰さまで常に製作の依頼が溜まっていて夜遅くまでの製作が続き、お問い合わせへの返信の遅れや、飛び込みでの製作のご依頼にお応え出来ないなど力不足でご迷惑をお掛しますが、徐々に皆が力を付けて来ています。

また一年、精一杯楽しく頑張っていきます。

みなさま、沢山の製作をご依頼下さい。
次の一年、どうぞよろしくお願い致します。






2016年2月25日木曜日

もう2月末

あっという間に2月もあとわずか。



ちょっと変わった事をしたのももうだいぶ前。


3月、いくつかの案件を平行して製作。
過去最高の製作案件をこなす事に。


2016年1月5日火曜日

2016年

2016年になりました。


激動だった2015年、一年前が幼かったと思える程経験を積んだ。
法人にもなり、人数も増えて、依頼して頂くお仕事の量も重厚さを増した。
経済規模はほんの数年前と比べて何倍にもなっているが、分かっていたけど全く楽にはならない。
木工は、作業の量が絶対的に多いから、仕事が増えればその分だけ作業量が増し、だから人数を増やして設備を整え、工場を拡張していかなくてはいけない。同じものが大量に売れる時代ではなく、一個一個の特注に対応しなければ生き残れないから、受注が増えても基本的には効率が良くならない。
システマチックにしてセミオーダー的な製品を開発していけば効率は良くなるかもしれないけど。


それにしても毎月毎月、入金と出金は面白いくらい同じくらいの量で過ぎていく。




全速で走った2015年、12月の初旬から咳が続いていて。
仕事の調整も今年は上手くいって、なんと12月25日で年内の生産終了、26日に大掃除27日忘年会、28日有志で工場のレイアウト変更で1月4日まで休みという独立以来最大規模の正月休みを実現。
ところが僕は27日早朝から発熱、関節の激しい痛みを伴って40度超えでダウン。
そして家族全員まさかの40度オーバーの発熱で年内終了。
数日間の断食もあって下熱後も体力が戻らず、正月休みはきっちり自宅療養という憂い目に。
一年間、一日数時間の睡眠が続いていたからかな、強制休養を。



2016年も。
今年こそは時間短縮してデザインや勉強の時間を増やし、さらなる飛躍に繋げたい。